自分で思ったことを、自分で考えて行動する。<br>受けとめ、見守る保育で子どもたちに寄り添いたい。

駅前のにぎやかな商店街を抜けた住宅街の一角にある、わんぱくすまいる保育園。「自分の思ったことを、自分で考えて行動できる保育園を目指します」という保育理念のもと、日々子どもたちを見守っているのが、園を運営する一般社団法人 わんぱくSMILEのみなさんです。代表理事である今田賢二さんは元力士!保育に携わりたいと思ったきっかけや保育にかける思いを伺いました。

現状を変えるために広島から東京へ。
精神的に充実していた力士時代。

今田氏の出身は広島市。出生体重は4000kgと幼少時から体格がよかったとはいえ、力士になりたいと思ったことはなかったという。自身は野球が好きで、小学生の頃から少年野球チームに入団、体が大きかったこともあり、キャッチャーを務めていた。高校も野球強豪校へ進学し野球部に入部したが、先輩からの厳しいしごきに合い、部活に行くことができなくなってしまった。

 

野球部を休部していた高校1年の夏、今田氏にターニングポイントが訪れる。父親が営んでいた焼き肉店で相撲関係者と出会い、一度東京へ来てみないかと誘いを受けたのである。部活でくじけて悶々としていた気分を変えたかったこと、また、東京への憧れもあり上京、井筒部屋へ2~3日滞在することとなった。

 

憧れの原宿に連れて行ってもらえるかも…という今田氏の期待はあっさり裏切られる。朝稽古を見学させられ、連れて行ってもらったのは若者の街・原宿ではなく浅草。浅草では観光客の多さに驚いたのももちろんだったが、同行してくれた逆鉾関の周りに人が集まってくるのにも驚いたという。力士のすごさを目の当たりにした初めての瞬間だった。

 

その後、今後の進路を考えるために一度広島へ戻ったが、つらい現状から逃げたいという思いもあって入門を決意、力士としての道を歩むこととなった。

 

相撲部屋での生活、特に「食」について今田氏に聞いてみた。

相撲部屋での生活は朝が早く、5時~6時には稽古が始まる。食事は基本2回。午前中の稽古が終わった後、11時頃から番付上位者から順に入浴と食事をするのだという。

 

相撲部屋の食事と言えば、ちゃんこ鍋。昼食がちゃんこ鍋、夕食はいわゆる普通の食事が出るそうだが、毎日ちゃんこ鍋を食べるため、味付けもしょうゆ味や塩味、甘辛のスープ炊きなど様々。ちゃんこ番が具材を用意し、最後はマネージャーが味つけをする。

ちゃんこ鍋のいいところは、肉や野菜が一度にたくさん採れることはもちろん、最初から最後までずっと温かいまま食べることができるところ。全員がいっぺんに入浴を済ませて食事をするわけではないため、どうしても最初に食べる人と最後に食べる人との間で時差が生じてしまう。普通のご飯であれば冷めてしまうが、ちゃんこ鍋であれば火を入れたまま具材を足していけばいいので、常に熱々を食べられるところが良かったと今田氏は振り返る。

 

食事の量でいうと、当時の井筒部屋には30~40人程の力士がおり、一度の食事につきごはんを6升炊いていたという。体格がいいとはいえ、力士の中では小柄だった今田氏は最低でもどんぶり2杯が毎食のノルマだったそうだ。

 

また、若手は先輩力士の付き人を経験するのだが、今田氏は約12年間寺尾関(現・錣山親方)の付き人を務めていたという。付き人は、先輩力士の部屋の掃除から洗濯、マッサージ、買い出しなど身の回りの世話を一手に引き受ける。中には稽古中でも付き人に買い出しに行かせるような力士もいるというが、寺尾関は、強くなるために部屋にいるのだから先輩力士の世話を一生懸命やるだけではなく自分自身の稽古もしっかりやるようにという考えであり、おかげで強くなれたと言う。

 

「身体はしんどかったけれど、精神的にはとても充実していました。思い詰めることもなく、楽しかったですね」

引退、飲食店開業、そして保育との出会い。

充実した力士生活は思わぬ形で終わりを迎える。30歳のとき、巡業先で心筋梗塞で倒れたのである。既に結婚し、妻は長男を妊娠中という最中の出来事だった。

力士を引退せざるを得なくなり相撲協会にも残れないとなったとき、できることとして思いついたのが、父親が広島で営んでいた焼き肉店だった。当時、既に父親は他界していたが、父親の味を残したいという思いもあり、平成13年に東京で焼き肉店を開業。飲食店経営の経験やノウハウがあったわけでもなかったが、経営は順調だったという。

 

わんぱくスマイル保育園の園舎前にて

保育園の運営に興味を持つようになったきっかけは、焼き肉店の常連だった保育園運営会社の社長より「保育園に力士を連れてきて欲しい」という要望を受けたことだった。

当時、今田氏自身も保育園に通う息子の子育て真っ最中だったこともあり、保育園とのかかわりが増えていった。育児に悩む妻の姿や我が子とのふれあいなどを通じ、保育に対する興味、保育園を起ち上げたいという思いは強くなる。

 

「好きで始めた野球以外は、自分からやりたいと思ったわけではなく、その時の周囲からの導きやそうせざるを得ないという状況に迫られて始めたことばかりでした。こんなことがしたいという思いをもって、勉強をして、計画をしたのは保育園が初めて。自分がやりたいことはこれだったんだと、初めて思いました」

 

そんな熱い思いが実り、平成21年11月、わんぱくSMILEが誕生したのである。

「見守る保育」子どもを受けとめ、見守るのが大人の役目。

わんぱくSMILEの保育理念は「自分の思ったことを、自分で考えて行動できる保育園を目指します」。最初から大人が手を貸すのではなく、子どもたちだけで解決できるように見守り、誤った方向へ進まないように導くのが大人の役目、と今田氏は語る。

 

「枠から出ようとする開拓心はとても重要。現状に何の不安や不満もなく過ごし、大人になって何も指示をされなくなったときにどうやって生きていくのかと思うと心配になります」

 

今田氏が子どもの頃は、子ども主体が当たり前だった。例えば近所の子どもたちで集まって草野球をする時には、まずルール作りから始めていたという。その場に大人はいない。話し合いの過程でけんかになることももちろんあったが、最終的には子ども同士で解決して野球を始めていた。

 

「何かを始めようというときに言い合いになったりすることは必ずあった。だけど、最終的には子ども同士で解決して遊びが始まっていたものです。昔はそういう関わりの中で体力はもちろん、危険察知度や友達との協調性などを磨いていたと思うんです。人と関わる能力を自然と身に着けていたんでしょうね」

 

子ども同士の関わりの中では、けんかをしたり、転んだり、けがをすることももちろんある。強いからだとこころを作るためにはそれらも必要なこと。段差で転んだら次はどうしたら転ばないかを考える。けんかをしたらどうしてけんかになったのかを考える。そうした子ども同士の関わり合いの中で、自分たちで解決できる能力が育っていくのだ。

 

わんぱくスマイル保育園の園内の様子

そんな子どもたちを遠くから見守るのが大人の役目。見守って、はずれてはいけないところにいってしまったら注意をする。注意をするときもただ叱るだけではなく、どうしてそういう行為をしてしまったのか分析をし、寄り添ってあげることが必要だという。

それは子どもに対してだけではなく、保育士に対しても同じことである。例えば保護者からの指摘があった場合には、指摘のもととなった行為、行動のもとをたどり、「次からはここを気をつけよう」ということを明確に伝える。

四六時中子どもを見ていなければいけない現場の保育士が大変なのは当然のこと。その中で行き届かないことややってもらったら助かるであろうことをフォローしてあげるのが自分の役目だという。

 

対子どもであろうが対大人であろうが、結局は「人間対人間」と今田氏は語る。送り迎えに来る保護者にも積極的に声をかけ、保護者の声や様子を保育士にもフィードバックする。保護者の不満の大半はささいなすれ違いによるもの。日々の何気ない声がけによって、小さな不満が大きな問題に発展するのを未然に防ぐことにもつながっているのである。

子どもの成長を間近で見ていきたい。
地域に密着した保育園を目指して。

保育園を起ち上げてから5年が経ち、最初の卒園生は小学4年生になっているが、今でも園に遊びに来ることがあるという。

 

「子どもたちが保育園に通っている間だけでなく、小学校、中学校、高校と成長していくところを間近で見ることができるような保育園にしたいと思っています。だから卒園生がいつでも気軽に遊びに来られるようにしたい。例えば20年後、大人になったときに『ここに通っていたんだ』と言ってもらえるような、そして卒園生が保育士や運営スタッフとして戻ってきてくれたら。」

 

取材当日は偶然にも今田氏の誕生日。園内を見せてもらっていると、「賢二さん、お誕生日おめでとう!」と園児たちから次々に声がかかる。

「たくさんの人から愛情を受けてきた。それを下の世代につないでいきたい」と語る今田氏。園児とふれあう今田氏の姿は、まさにその思いを体現していると強く感じた瞬間だった。

わんぱくSMILEのご紹介

保育理念(抜粋)

「一般社団法人わんぱくSMILEは
 自分の思ったことを、自分で考えて行動できる保育園を目指します」

 

個性や成長発達の差、好む遊び、完成や表現方法も違う子どもたち一人ひとりが、多様な人とのかかわりのある環境のなかで、自分でやりたいことを自分で選択ができ、自分の思いを、言葉や行動で表現できるよう、保育園関係スタッフはクラスを超えて、いつも子どもたちを受けとめ、見守る体制でいます。

 

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わんぱくSMILEが現在運営をしているのは、わんぱくSMILE松島園(認証・定員40名)とわんぱくすまいる保育園(認可・定員72名)の2園。今回の取材では、わんぱくすまいる保育園の園内を見させていただいた。

 

園内は木のぬくもりを感じられる明るく開放感のある作り。園の中央に置かれた階段の踊り場からは、子どもたちの様子が一望できる。

園内を見せていただいている時間は、給食の準備の真っ最中。わんぱくSMILEでは、自分の食べられる量を子どもたちが自分で決めて配膳をするバイキング給食を実施しており、ごはんからおかず、汁物まで子どもたち自ら配膳をしている様子を見ることができた。

 

天井が高く開放的な園内
子どもたちが自分で配膳をするバイキング給食

配膳をしている子どもたちがいる傍ら、散歩から戻ってきたまま玄関でウトウトし始めている子どもの姿も。そういう子どもに対しても、保育士は急かしたり手を貸したりせずに見守っている。「子どもたちを受けとめ、見守る体制」が垣間見える場面である。

また、廊下には子どもにとっては少し高いのでは…と思われる段差があったり、給食を作る調理師の手元が見える位置に窓がつけられていたり、子どもたちの「自分で考えて行動できる」力をのばすのに役立つであろう仕掛けが随所にあると感じた。

 

屋外には土や自然に触れながら遊ぶことのできる遊具がある
園内の構造にも「自分で考えて行動できる」工夫がある

 

WEBサイト

一般社団法人 わんぱくSMILE:http://wanpaku-smile.ed.jp/