どうして豆まきをするようになったの?
「節分」とは季節の分かれ目という意味で、もともとは立春(2月4日ごろ)、立夏(5月6日ごろ)、立秋(8月8日ごろ)、立冬(11月7日ごろ)の前日の4つを指していました。ところが今は立、春の前日である2月3日だけを呼ぶように。これは旧暦は春から1年が始まるため、立春がお正月と同じくらい大切な日だったからです。
立春の節分では、新春に向けて悪いことを引き起こす邪気や冬の寒気を払うために、豆まきがおこなわれるようになりました。かつて鬼は悪いものの象徴であり、災害や病は鬼のしわざとされていました。そして魔物の目(魔目=まめ)に豆を投げつけると、魔を滅する(魔滅=まめ)ことができるという考えから、「豆」には鬼を封じ込める力があると考えられていたのです。
家族で一緒に! 豆まきしよう。
豆まき用の豆は、大豆を炒った「福豆」を使います。これは、「魔目(まめ)を射る」という言葉にかけており、拾い忘れた豆から悪い芽が出ないようにするという意味も込められています。福豆は枡に入れて神棚に供えますが、枡や神棚がない場合は目線より高いところに白い紙を敷いて供えればOKです。
豆まきは、節分の夜に窓を開けて「鬼は外!」と外へ向かって豆をまき、鬼が戻らないようにすぐ窓を閉めてから「福は内!」と室内にまくのが一般的です。奥の部屋から順に玄関の方までまいて、家中の鬼を払います。
ただ豆は小さく、誤って飲み込み気管に詰まったりすることもあるため、乳幼児には注意が必要です。本物の豆を使った豆まきは大人の目の届くところで、または丸めた新聞紙を豆に見立てて投げるなどの工夫をしてもよいですね。
地方により豆まきのかけ声もさまざま!
豆まきの方法は地方によって異なります。たとえば千葉県・成田山新勝寺では「不動明王の元に鬼はいない」という考えから、「福は内、福は内」というかけ声を上げます。奈良県・金峯山寺蔵王堂では、「福は内、鬼も内」と唱えます。これは全国で追い払われた鬼をこの地に受け入れ、仏教の力で改心させようという考えがあるためです。神奈川県・千蔵寺では一般的なかけ声とは反対に、「福は外、鬼は内」と言います。これは千蔵寺が厄神鬼王の神様を祀っており、鬼を内側に引き入れて改心させ、外に送り出すといわれているからです。
そのほか、北海道から東北にかけてと、宮崎県や鹿児島県のあたりでは、大豆の代わりに落花生をまきます。これは、殻付きのままだと拾いやすいからというのが理由だそうです。
かつて豆まきをするのは家長や年男・年女の人だけでしたが、現在では鬼役を決めて家族みんなで豆まきをする家庭が多くなってきています。子どもと楽しく豆まきをするために、「片付け嫌い鬼」や「早く寝ない鬼」など、普段苦手にしていることを鬼にあてはめてみてもよいでしょう。
豆まきが終わったら、「年とり豆」といい、自分の年に1つ加えた数の豆を食べるのがしきたりとなっています。
ほかにもある節分の文化
節分には、豆まき以外にもさまざまな伝統文化があります。
恵方巻
縁起のよい七福神に由来して、しいたけ、だし巻き、きゅうり、えび、かんぴょうなど7種類の具材を巻いた太巻のこと。関西で発祥した文化で、もともと「太巻き寿司」や「丸かぶり寿司」と呼ばれていました。「恵方」と呼ばれるその年の縁起のよい方角を向き、願いごとをしながら、1本の恵方巻を無言で食べ切ると、商売繁盛や無病息災などの幸運をもたらすと言われています。
福茶
年の数だけ豆を食べきれない場合、飲めば食べるのと同じ御利益があるとされるお茶。
福豆3粒、梅干し、塩昆布を湯のみ茶碗に入れ、お湯をそそげば出来上がり。年の数の福豆にお茶を注いで飲む場合もあります。
やいかがし
焼いたいわしの頭を、柊の枝に刺して玄関に飾る風習。鬼はいわしのにおいや柊の棘が大の苦手だといういい伝えがあるのです。
楽しい豆まきやおいしい恵方巻など、子どもがわくわくするような風習がある節分の日。1年の無病息災を祈って、お子さんとぜひ一緒にチャレンジしてみてください。